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 姫路城  
世界文化遺産、国宝、白鷺城
            

兵庫県姫路市本町68番地

TEL:079−285−1146

http://www.city.himeji.lg/
guide/castle/






2014年現在大天守は、昭和39年に完了した「昭和の大修理」以来約半世紀ぶりに本格的な保存修理工事が行われています。2009年に始まった「平成の大修理」の完成は2015年の予定です。この間修理見学施設「天空の白鷺」 から匠の技を見学することができます。
*2014年1月19日朝日新聞によると、見学施設は1月15日で閉鎖、天守が見られるのは2015年3月27日だそうです。

姫路城はなにしろ広いので、パンフレットがなければどうなっているのかまったくわかりません。

パンフレット片手に城内を見学します。
                                  <パンフレット・世界文化遺産国宝姫路城より>

まずは「菱の門」から入城します。続いて「いの門」、「ろの門」と通り抜け、「ぬの門」まで行きます。

入城口「菱の門」
「いの門」 「ろの門」

「ぬの門」
ここは「ぬの門」の手前にある扇の勾配とよばれる石垣で、上部で傾斜が急になる反りがみられます。

「ぬの門」をくぐると二の丸です。二の丸を取り囲むように「りの一渡櫓」、「りの二渡櫓」、「チの櫓」があり、「りの一渡櫓」は特別公開中でした。中には古瓦や甲冑などが展示されています。
時代によって微妙に違いがありますね。

大天守五層の東南隅に使用されていた鬼瓦で
五七桐家紋が入っています

大天守四層の西唐破風に使用されていた鬼瓦で
剣かたばみの紋が入っています
<紋瓦>

軒先を飾る軒丸瓦の先端には

城主の家紋とこれに一対する

桐紋が交互に配されています。

これらは姫路城に残されていた

城主の家紋と桐紋です。

桐紋・池田氏の官位を表す紋

三つ葉立葵紋・本多氏

剣かたばみ紋・酒井氏

三つ巴紋・結城松平氏

揚羽蝶紋・池田氏

播州皿屋敷で有名なお菊井戸 石垣に積まれていた石棺

二の丸から備前門をくぐり、本丸の「天空の白鷺」に到着しました。ここは大天守の修理のようすを見学する施設です。
2013年11月に見学に訪れましたが、そのときは瓦の葺き替えが終わっていて、ちょっと残念でした。
修理見学施設からは7階と8階部分が見られます。祝祭日は2時間待ちでしたから、予約して平日にでかけました。
施設内には、姫路城の瓦の特徴や修理のプロセス、漆喰壁の修理などについてもわかりやすく説明展示がしてあります。
天空の白鷺からは、西の丸櫓群と長局(百陂L下)の全貌が見渡せます。
中央部には本田忠政の嫡男・忠刻と徳川家康の孫・千姫の居館があったのですが現在は残っていません。
右端に見えるのは化粧櫓です。千姫が男山に天満宮を祀り、朝夕に遥拝する時にここで休息し化粧を直したのだそうです。


「天空の白鷺」後にして城内を見学しました。
いったいいくつの門をくぐったでしょうか。それぞれに名前がついているのですがわけがわからなくなりました。
左の茶色の壁は「油壁」といい、池田輝政以前の築造と伝えられています。


上→塀の軒先を飾る丸瓦(桐紋と三巴紋)



左→「にの門東方上土塀(にのもんとうほうかみどべい)」は羽柴秀吉時代の石垣と考えられています。



「にの門」を抜け「はの門」までくると右前方に西の丸が見えます。この場所は時代劇の撮影によく使われると、ガイドさんが説明してくれました。
いろんな形の狭間がならんでいます。長方形は弓矢用、正方形・三角形・円形は鉄砲用だそうです。いろんな方向に攻撃できるように微妙に角度が違って作られています。

いよいよ千姫ゆかりの西の丸です。
石垣の上にはいくつかの櫓が立ち、城外側は幅一間の廊下がめぐり、石落し、狭間、武者窓などを備え防御をかためています。城内側は長局とみられ、多くの部屋が並んでいます。
百間廊下 埋門
                           長局と思われる部屋
                        千姫が化粧直しに使った化粧櫓








大手門は昭和13年に建てられたもので、江戸時代の門とは位置・形状ともに異なり、江戸時代の大手門は三重の門で護られていたそうです。




西の丸を後にし、大手門から出て内堀に架かる桜門橋を渡り、堀の外から城の石垣をながめました。
正面が大手門、左の石垣の向こうに西の丸があります。


平成25年11月土日祝日は姫路城まつりが開催されていて、城内のあちこちにこのような姿が見られました。




                              

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